八方美人

”人からどう思われているか気になって・・・”

”誰からも嫌われたくないから・・・”

”いい人でいたくて・・・”

このような理由が意識的か無意識的かに関わらず

人間関係の中で、

作られた自分を演じてしまうことがあります。

ほんとうの気持ちを横に置いて、

人の反応や評価を気にするあまり、

「こうであるべき」「こうしなくては」と

つらくても苦しくても演じ続けてしまいます。

そのルーツは・・・??

小さい頃からの生育環境の中、少しずつ降り積もった

強い「見捨てられ不安」にあるのです。

 

親から、

ありのままの存在を受け入れてもらえなかったり

理想の「いい子像」を押し付けられたり、

関心を向けてもらえなかったりで・・・

親の気に入る姿になろうと頑張って、頑張って・・・。

「いい子」になることで

自分の存在を守っていたのではないでしょうか。

いつしか、それが自分のイメージになって

その取り繕った自分像から抜け出せなくて

常に気を遣って、常に緊張して、常に相手の反応に合わせて

キャラを作ってしまいます。

そうすることが、人間関係を円滑に無難にできる方法だったからです。

それはたいそう、疲れる毎日です。

なぜなら、自分の気持ちに正直に生きていないから。

自分を大切にできていないから。

偽りの鎧を着ているから。

重くて疲れる。本当の姿は鎧の下。

私がそんな鎧を脱ごうと思った出来事がありました。

以前勤めていた会社で

出入りする取引先の業者さんとの何気ない会話の中で

悪気なく、こんなことを言われました。

「〇〇さん、八方美人なんですって?」

えっ・・・。

顔がこわばる。

冗談ぽかったけど・・・

外部の人に言われるってことは、

会社の誰かがそう言ってるってことだよね。。。

そつなく、人に合わせて人畜無害で居ようとしていた私。

自分の意見を押し殺して、人を否定せず

トラブルを避けてやってきたと思っていた。

だけど、

「八方美人」

そうかぁ。そうね。八方美人。

滑稽な響きもあるその言葉。

今までの自分のスタンスが、すごく無意味に思えた。

 

本音を言えたらどんなにラクかなぁ、と思いながら言えなかった私。

なんのために??

誰のために??

協調性は大切。だけど、自分の意見も大切なんだ。

人に合わせてばかりで、自分の意見もない私。

何を考えてるかわかりにくいから、

ほんとうに大事な場面では意見を求められないのだろう。

自分の考えを出さず、受け身でいるから、

私じゃなければならない場面はない。

そう思ったら、

八方美人じゃなくても、もう少し自分の意見を押し出してもいいんだ。

嫌われても、ぶつかってもいいんだよね。

そう思えるようになりました。

ちょっと開き直ったかんじかな?

ショックと思えた、

「八方美人なんですって?」

という言葉。

でも、教えてくれたんだね。

なかなか言ってくれる人がいない言葉。

結果、心をラクにしてくれた言葉。

今は感謝しています。

偽りの鎧を着ていなければ続けられない関係は

偽りの自分でなければ許されない、苦しい関係。

ありのままの姿で

そんな自分を見てくれる、受け入れてくれる人は必ずいます。

誰かに嫌われたっていいじゃない。

どんな自分でいたって

何割かの人には好かれるし、

何割かの人には嫌われる。

 

私は私でいいんだよね。

そう思えるようになりました。